2019年09月03日

昔を思い出した



YOUTUBEで9人の大家族の番組を見た。「大家族 月収20万...やりくりママ節約術 夕食5品で600円!」というタイトルであるので気になる方は見てみてください。



いやいや、20万しか収入がないのに9人の大家族。



食費は6万円で抑えているけど、親父のルールで夕食は5品用意しないといけない。



まじで、奥さん凄い。親父もっと稼げと言いたい。



そこで親父が夕食は600円に抑えれるだろうと鶴の一声で、食費を4万円に抑えることに。



月に貯金10万円すると言う親父。



あんた、20万しか収入がないのに10万円貯金って・・・・



奥さんの節約術で食費を4万円以下に抑えることはできましたが、奥さんがやせ細っているのは気になりました。元から痩せている体型だと思いたい。











ブログ始めた当初は月3万円ぐらいの食費でやっていたと思います。ちなみに5年前の給料は手取りで214000円でした。



5月の給料




5年前だったら妊娠はしてたけど、次男は誕生前で家族3人。手取り214000円の生活は、厳しいといえば厳しかったです。



ここまでの節約生活はしていませんでしたが、家族に貧乏生活を押し付けてたのかなと昔を思い出しました。





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posted by トモ at 15:53| Comment(0) | 大家族の番組 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月25日

竹下家を見ると住宅ローンを組むリスクが分かる



YOUTUBEに大家族の竹下家がアップされていました。削除されても何度もアップされますしアップされると、ついつい見てしまう。



このブログでも2回ほど竹下家を取り上げました。「漂流家族〜竹下家の9年〜」と「安易な転職が失敗だった竹下家」です。



どちらかと言えば、私は竹下家の父親のような人間であります。なんとか仕事は続けていますが、今の仕事を35年続けれる保証はありません。今の家賃とかわらない金額で住宅ローンが組めたとしても、躊躇します。



私も新築一戸建て、分譲マンションに憧れを持ったことがないわけではありません。今でも心のどこかで憧れはあります。でも、安易に35年の住宅ローンなんか組んでしまうと、73歳まで返さないといけません。死んだらチャラになる保険があるようだけど、住宅ローンを組んでしまうと無駄に長生きして返済に追われてしまうのではないかと不安になるのです。



竹下家の身内の方に非常に失礼になりますが、竹下家の父親はアホだと思います。過疎地に借金2000万円して一戸建てを建てるとこや、仕事が嫌になり、仕事を辞めて埼玉に行って二重ローンのような生活を選択するとこです。



初めから二重生活なんかうまくいかないことなんか分かります。ただ、目の前の嫌なことから逃げたいがために無職で埼玉に行っているだけ。結果、保証人の桜庭さんに迷惑をかけただけ。



無計画な父親の為に子供も高校を辞める羽目に。



自分のプライドが許さないと仕事をすぐに辞める父親。しょうもない見栄で一戸建てを建てたことが不幸の始まりです。



私も持ち家に憧れがないわけではありません。竹下家を見て、身の丈に合った住居にすまないといけないと思います。






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posted by トモ at 22:55| Comment(2) | 大家族の番組 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月18日

安易な転職が失敗だった竹下家



1年ぶりに漂流家族〜竹下家の9年〜を見返しました。




竹下家が崩壊したの父親の転職と引っ越しという決断が招いた


昨日、転職ネタを記事に書いたので、自分に置き換えて考えてみた。私は社会人16年目で10社以上経験してますが、2回だけ重要なポジションに就いたことがあります。一つは、営業職のチームリーダーとして10名以上の部下がいた時、もう一つは有料老人ホームで施設長です。


2つのポジションは、いい加減な私が努力して手にしたポジションです。営業時代は大手の上場企業に会社が買収されて体制が変わったことに嫌気がさしたことが理由で、施設長は自分のキャパ以上の仕事が目の前に来て、対応できなくて逃げたのが理由になります。


竹下家の父は、北海道の浜頓別で現場責任者として、奥さんも同じ会社の事務として働いていたのです。何が原因かは分かりませんが、父親が職場で社員から総スカンを喰らってしまい、やってられないとの理由で二人同時に退職したのです。


冷静に見ると、私の営業職時代と似ていた。営業職時代、私はそれなりに売り上げを立てているチームを率いてました。大手の上場企業に買収されて体制が変わったからといって、辞めるという選択はあまりにも軽率でした。


自分に対して値打ちをこいていたところもあります。自分はこれだけ売っているのだからどこでもやれると。実際、辞めて転職活動をしたのですが、自分がやりたい仕事にはつくことができず、御用聞きのようなルート営業の仕事に転職したのです。


訪問介護の移動中の自転車を漕いでいる時にふと、思うのです。自分は何やっているんだろうと。数年前に施設長までやったのに、今はあくせく自転車を漕いで、利用者宅で介護をしている。


そして、もう一人のサ責も辞めるし、それに便乗しようかなとか。知り合いから管理者やサ高住の介護リーダーとして誘われているし、いっそうのことそっちに転職してもいいかなと。


でも、漂流家族〜竹下家の9年〜の番組が自分を踏みとどまらせてくれます。安易な転職は家庭の崩壊を招くと。


訪問介護のサ責は夜勤の勤務がありません。少し抜けている所長ではありますが、私の身体に気を遣ってくれています。腎臓の悪い私を採用してくれて5か月の間、かなりいい環境で働かせていただいているので、腎臓の数値も少しずつではありますが、いい方向に回復している。


知り合いから誘われると悪い気はしないので、目移りすることもあると思いますが、サ責として力をつけて、来年は必ずケアマネに合格し、今の法人でステップアップできるように日々、精進します。




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posted by トモ at 07:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 大家族の番組 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする