2018年05月19日

ラーメンにスーパー銭湯



今日は20時まで仕事をして帰宅したのが20時半。晩御飯は何かな?との思いで、いつものように自宅のドアを開ける。いつも、ドアを開けると玄関で妻の料理を嗅ぎ分けるのだけど、今日は匂いがしない。妻の部屋を覗くと体調不良で横になっていた。



「LINEしたけど・・・」と、妻のか細い声が聞こえてきた。仕事柄、マナーモードにしているので妻からのLINEに気づいていなかった。


妻の代わりにご飯を作るにも億劫だ。ホカ弁も味気ない。腹をすかした子供たちを連れて、どこか食べに行こうかと思ったら長男が「ラーメンを食べたい」というもんだから近所のラーメン屋さん行った。



3人で、とんこつラーメンを食べて、スーパー銭湯に寄って風呂に入った。



妻は体調が悪くて寝込んで申し訳ないが、子供らは日常と違うのを喜んでいた。次男なんか、「明日もお風呂屋さん行く?」と聞いてきたぐらい。



次男に「また行こうな」と言って、コンビニで妻のリクエスト商品を購入して帰宅した。





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posted by トモ at 22:55| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月18日

10年前より10年先の自分を想像しよう




30歳になった時に二十歳に頃に戻れないかなと妄想していた。20代前半は定職に就かず、職を転々とした結果、30歳になっても薄給だった。もし、今の記憶、能力で20歳の頃に戻れたらかなりの確率でいい人生が送れると思ったから。30歳で長男が1歳。先行き不安な人生に嫌気がさして妄想することで現実逃避をしていただけ。



妄想することは悪いこととは思わない。妄想することで精神が安定することもある。華やかな人生を妄想すると、気分が落ち着く。気分が落ち着くと言っても、妄想は妄想。妄想して現実逃避したことで妄想が現実になるわけではない。



介護業界に転職して8年目、私は38歳になった。この8年で転職したが、介護という一つの分野で仕事をしている。30歳の頃に10年前の二十歳の頃に戻って人生をやり直したいと妄想したことがあったが、38歳の私は10年前の28歳の頃に戻りたいとは思わない。転職を繰り返してきた割に、中小企業ではあるが係長というポジションで仕事をしている。私からすると身の丈に合った会社に所属して今の暮らしに満足している。28歳の頃より、経済的にも精神的にも安定しているとも思える。



「あの時、ああしてれば良かった」「あの時、頑張たら良かった」過去の出来事を嘆いても戻ることはできない。



だったら10年先の自分の未来を変えよう。10年先に後悔しない人生を送っていようと今は考えている。過去は変えることはできないが、未来は変えることができる。よくある言葉ですが、最近は本当にそうだと思う。10年後、過去に戻りたいと現実逃避する自分にはなっていないようにだけしたい。





今の会社に転職したのは2年前の6月。訪問介護事業所のサ責から始まりデイサービスの立ち上げた。会社からチャンスを貰い、いろんな人達と出会った。デイサービスの立ち上げの時は投資する金額に驚き、自分ではなくて他の人にやって欲しいと思ったことは1度や2度ではない。でも、なんとかデイサービスを立ち上げ、1年で90%以上の稼働で利益の出るデイサービスに成長した。



デイサービス2店舗目の物件が決まった。居抜き物件で1店舗目より低投資でデイサービスを出すことができる。今、うまくいっても必ずうまくいかない時もある。ただ、今やっていることは10年先の自分の未来への投資だと思ってやっていきたい。





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posted by トモ at 23:26| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月17日

アイデンティティという言葉を使ってみる




日大の悪質タックルの件は、日大側は監督の指示ではないと否定して監督は雲隠れ、そして悪質タックルをした選手は退部するという結果になり、なんとも後味の悪い結果になった。日大の関係者には、どうして悪質タックルをした原因を究明してほしい。



話しは変わるが、長男が1歳の時に住んでいたマンションの近くに中学校があった。



部活に力を入れてそうな学校で、日曜、祝日関係なしに運動場ではクラブ活動の練習があり、通るたびに練習が眺めては懐かしい気持ちになった。日曜日に部活の練習に出る顧問は偉ないなと尊敬していた。私が教師だったら一銭にもならないので顧問なんか引き受けないだろう。



その中でゴリゴリの体育会系の教師がいた。今時、珍しいなと思い通る時は眺めていた。いつも顧問の怒号が聞こえ、たまに行き過ぎではないかと思えるぐらい生徒を叱責していた。中学の時の部活の顧問って、中学生からすると怖い存在。怒号が飛ぶ中、委縮しているように見えたが、今の時代はこれくらい厳しい方がいいのかなと思っていた。



ある日、長男と歩いていた時に長男が自転車と接触しそうになったことがあった。



私は、反射的に「おい、こら」とその自転車に乗っている人間に言ってしまった。その自転車に乗っているのは、ゴリゴリの体育会系教師だった。自転車から降りた体育会系の教師は、「すみません」と私にすぐ謝った。私はあの怖い体育会系の教師だと思って、「いつも部活の練習ご苦労さん」とでも声を掛けようと思ったのだけど、「おい、こら」の一言に怯えた様子で目を合わせようとせずオドオドしていた。



私も子供が危険な目に遭いそうだったので、条件反射で「おい、こら」なんて言葉が出てしまった。私は平和主義者で争いごとが嫌い。



全く怒っていないのですけど、オドオドした表情を見てしまうと悪いことしたなという気になったのと同時に体育会系教師のことを哀れに思った。



普段は中学生相手に偉そうにしているが、世間一般では目を見て謝れないヘタレ。教師という立場を利用して、弱い奴に強く、自分と同等の大人相手にはからっきし弱い。そんな人間だから同年代から相手にされず、友達もおらず、部活の顧問をすることで自分のアイデンティティを保っているのかなと考えたりもした。



相手にされず、友達がいないってのは私の想像ですけど。



相変わらず、体育会系教師は、グランドで中学生相手に怒号を飛ばしていたのは言うまでもありません。







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posted by トモ at 01:35| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする