2016年10月18日

安易な転職が失敗だった竹下家



1年ぶりに漂流家族〜竹下家の9年〜を見返しました。




竹下家が崩壊したの父親の転職と引っ越しという決断が招いた


昨日、転職ネタを記事に書いたので、自分に置き換えて考えてみた。私は社会人16年目で10社以上経験してますが、2回だけ重要なポジションに就いたことがあります。一つは、営業職のチームリーダーとして10名以上の部下がいた時、もう一つは有料老人ホームで施設長です。


2つのポジションは、いい加減な私が努力して手にしたポジションです。営業時代は大手の上場企業に会社が買収されて体制が変わったことに嫌気がさしたことが理由で、施設長は自分のキャパ以上の仕事が目の前に来て、対応できなくて逃げたのが理由になります。


竹下家の父は、北海道の浜頓別で現場責任者として、奥さんも同じ会社の事務として働いていたのです。何が原因かは分かりませんが、父親が職場で社員から総スカンを喰らってしまい、やってられないとの理由で二人同時に退職したのです。


冷静に見ると、私の営業職時代と似ていた。営業職時代、私はそれなりに売り上げを立てているチームを率いてました。大手の上場企業に買収されて体制が変わったからといって、辞めるという選択はあまりにも軽率でした。


自分に対して値打ちをこいていたところもあります。自分はこれだけ売っているのだからどこでもやれると。実際、辞めて転職活動をしたのですが、自分がやりたい仕事にはつくことができず、御用聞きのようなルート営業の仕事に転職したのです。


訪問介護の移動中の自転車を漕いでいる時にふと、思うのです。自分は何やっているんだろうと。数年前に施設長までやったのに、今はあくせく自転車を漕いで、利用者宅で介護をしている。


そして、もう一人のサ責も辞めるし、それに便乗しようかなとか。知り合いから管理者やサ高住の介護リーダーとして誘われているし、いっそうのことそっちに転職してもいいかなと。


でも、漂流家族〜竹下家の9年〜の番組が自分を踏みとどまらせてくれます。安易な転職は家庭の崩壊を招くと。


訪問介護のサ責は夜勤の勤務がありません。少し抜けている所長ではありますが、私の身体に気を遣ってくれています。腎臓の悪い私を採用してくれて5か月の間、かなりいい環境で働かせていただいているので、腎臓の数値も少しずつではありますが、いい方向に回復している。


知り合いから誘われると悪い気はしないので、目移りすることもあると思いますが、サ責として力をつけて、来年は必ずケアマネに合格し、今の法人でステップアップできるように日々、精進します。




貧乏日記 ブログランキングへ



posted by トモ at 07:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 大家族の番組 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック