2016年01月30日

祝3周年 ブログをやってて良かったです



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自分の足跡を残したいと思って始めたブログですが、3年が経過しました。当時は今以上にお金がなくて、コールセンターでアルバイトをしました。



なんとか困窮した生活から抜け出したいの一心でしたが、不思議と苦しかったり、辛かったりした思い出はなく、楽しかった時の方が多いです。



楽しかった思い出の方が多いのは家族とブログのおかげなのです。



現実世界の私は、人と関わるのが苦手で、友達も少ないのです。もし、独身だったらと考えるとゾッとします。独身時代は生きてても辛いことの方が多くて、早く死にたいとまで考えてましたから。



人生の足跡として始めたブログですが、いつの間にかワーキングプアのおっさんの本音を語る場となりました。



時には読者の方からの叱咤激励もあり、自分の選択に思いとどまり、立ち止まって考えることもできたし、駄目な自分と向き合うことができた。



3年、ブログをやって思うのは、私が言うのもなんですが、継続は力なりだと思います(転職を繰り返しているのに説得力に欠けてすみません)



ブログは一生続けると思いますので、これからもよろしくお願いします。




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2016年01月27日

お金と時間のバランスは反比例する



妻になんで、私と結婚したのか聞きたいところでしたが、照れがあって聞けませんでした。



そのかわり、「介護職に転職して、お金がない貧乏生活でよく、遣り繰りしてくれたね。ありがとう。」と、感謝の気持ちを伝えました。




妻から返ってきた言葉は?




「苦労だと思ったことがない」でした。




営業職の時と比べると、介護職に転職した時は月収10万以上下がっているのにも関わらず、なんで? と思ったのですが、妻から言わせると、「若い時はお金がないのが当たり前、ある方がおかしいやろ」と、言ってました。



営業職の時、帰宅は0時前で、帰宅してもご飯食べて、風呂に入ってすぐに就寝する生活でした。もしかすると妻は、介護職に転職して月収が10万以上下がっても、家族と過ごす時間の方が大切だったのかもしれません。



早出の時なんて夕方の4時半には帰宅してましたから。



お金はあるけど、家族と過ごす時間がない。お金はないけど、家族と過ごす時間はある。妻は後者の方が良かったのかもしれません。



私が小学校の時に父は市の財政局で働いていました。その時、父の年齢は40前くらいだったと、記憶しているのですが、帰りは毎日、深夜。



当時は週休2日制ではなかったので、月曜〜土曜までビッシリ働き、日曜日も会社に行っていた記憶があります。



子供心に父親に「なんで、そんなに会社に行くの?」って聞いたことがあるんです。父親が得意げに「財政局っていうのは、国でいう大蔵省みたいなところや。」と言っていたことをおぼろげに覚えています。



要は、仕事のできる人しか働けないと言いたかったんだろうけど、子供の私は大蔵省がどういうところか解らなかったので、「ふーん」てな感じで聞き流しました。



父親が財政局で働いていた時は、子供3人いるのに母子家庭状態でした。父親の仕事が忙しくて、キャッチボールも母がしてくれていました。下の二人はまだ幼稚園とかだったので、記憶に残ってはいないと思いますが、なんかつまんなかったのです。



財政局で働いた功績かどうかは分かりませんが、公務員として出世してそれなりの生活をしています。



でも、私の場合は父親と立場が違います。長男は自閉症という障がいがあります。



自分の父親みたいに仕事優先ではなく、長男中心の生活になります。妻は仕事より家族と居る時間を大切にしてほしいんじゃないかなって思います。





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posted by トモ at 23:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

私も同じことを思います



「解決! ナイナイアンサー」にとにかく明るい安村が出演していた。




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芸人として売れない時代から妻がなぜ自分に付いてきているのかが分からないと、とにかく明るい安村が語っていた。



奥さんとの馴れ初めは、合コンで知り合って芸人として月収5万。アルバイトで2万の月収7万円の時から交際しており、月収10万円になった2012年に結婚して女児が産まれた。



今でこそ、テレビに引っ張りだこの芸人ですが、かなり貧乏時代を経験していて、スーパーの試食コーナーで1食を済ませたり、パン屋でパンの耳を貰ったりしていた。お金のある時は、焼き肉屋で牛タン1人前を2人で食べて、ドリンクも頼まなかったという。



子供もできて、芸人を辞めようと決断したが妻にピン芸人でも続けた方がいいと、アドバイスされて続けることに。その半年後にブレイクしたのです。



番組の企画として、妻に「支えてくれて感謝してます。俺のどこがいいの?」と尋ねた。妻は「何?マジで?本当に思い浮かばない」と答えなかったが、妻は番組宛てにの手紙を送っていた。




やすしくんへ。こんな私だから普段は言えないこと、面と向かって言えないことを手紙で伝えます。出会って10年、結婚して4年。なんであんな生活なのにそんなに太ってしまったんでしょう。不思議です。牛タンの最後の1枚を食べたいという気持ちが顔に出てしまう素直な人。その時、この人のそばにいたらきっと幸せな家庭を築けるだろうと思いました。お金がなくてもあなたといたら不思議と楽しい。あなたが芸人をやめたら、そんな笑顔で明るいあなたを見られなくなると思ったのです。笑顔の絶えない家庭を築けているのも全てあなたのとにかく明るい人柄のおかげです。安心して下さい、ずっと一緒にいますよ




最後の「安心して下さい、ずっと一緒にいますよ」にグッとくるものがありました。



私も同じことを思うことがあるんです。とにかく明るい安村みたいにブレイクはしていませんが、介護に転職した頃は狭いハイツに住んでいました。



手取り16万円で、家賃などの固定費の支払いを済ますと、手元に2万〜3万ぐらいしか残らないのです。営業時代に貯めた貯金があったけど、手をつけずに食費、日用品を2万〜3万で遣り繰りしてくれてました。




妻は上野樹里に似ていて、学生時代からそれなりにモテたと思います。実際、卒アルとか見ると、可愛かったです。だからお金もない、容姿も良くない私と結婚して、文句も言わずに付いてきてくれる妻を不思議に思うのです。



結婚して8年目ですが、今でも「もっと、ええ奴と結婚したら良かったのに」と、思います。



他人より勝るものと言えば、転職回数だけですから(笑)



明日、聞いてみようと思います。





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posted by トモ at 02:45| Comment(4) | TrackBack(0) | 芸能 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする