2015年07月31日

人手不足で収入アップ



数名の人が退職に向けての有給消化に入ったたおかげで現場は人手不足。




残業がデフォルトになってます。





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数名が有給消化中にも関わらず、入職者は0。施設長も人を補充したいが、求人だしても電話すらかかってこないので補充しようがないと嘆いていました。




残業をしないと現場が回らないので、他の職員からは不満の声しか上がりませんが、私からすれば収入アップに繋がる残業はありがたい。




残業の要請があれば基本断らないし、快く引き受けているので、上の人も頼みやすいと勝手に思っている。




今は求人出しても人が来ない状況が続いているので、8月も7月と同様に残業がデフォルトになりそうです。




残業の金額はどれくらいか分かりませんが、今月は15時間残業をつけてもらったので8月の給与が少し楽しみです。






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posted by トモ at 16:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月19日

将来に不安を感じます



家計が赤字になりました。手取り20万では、家族4人が生活するのに精一杯です。






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転職すれば、収入が減ると分かってはいましたが・・・・・




妻は退職金と貯金がいくらかあるので、当面は大丈夫。どうしてもやっていけなかったら次男が1歳になるタイミングでパートに出ると言っています。




退職金や少しの貯蓄はあるので、10か月ぐらいは凌げると思いますが、できることなら貯金は減らしたくないですからね。




次の市営住宅に当たってくれたらいいですが。




副業も考えましたが、子供が二人になったことで、妻の負担が増えているので妻は家にいてほしいみたいです。




介護職は急に給与アップすることは難しいです。




将来に不安を感じながらも節約を続けていきたいです。







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posted by トモ at 23:42| Comment(8) | TrackBack(0) | ワーキングプア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月10日

丸八真綿で働いた思い出




遡ること、「2002年日韓W杯」が行われていた頃、22歳の私は無職だった。無職という武器を最大限に活かして、日本代表の試合はテレビで全試合観戦しましたし、それ以外の試合も大体はテレビで観戦しました。



ブラジルのロナウドが、決勝で2ゴールを挙げて得点王に輝き、ブラジルの優勝で幕を閉じた日韓W杯。そろそろ自分の無職生活にも幕を閉じなければと、コンビニで求人雑誌のbingを買ってクーラーの効いた部屋で眺めていた。




固定給25万+5万(フォローアップ手当)+歩合給という給与に惹かれ「最低30万も貰えるのか」という甘い考えで丸八真綿の採用窓口に連絡しました。



連絡した次の日に面接をした。うるおぼえだけど、大阪の第4ビルで担当がアツミさんって人に面接をしてもらった。



3日後ぐらいに合格の連絡が来て、その何日後かに合格者らと第4ビルに集まった。面接で仕事内容は聞かされてなかったが、合格者全員が集められた時にビデオ見させられて訪問販売だと知った。



当時は22歳で「訪販なのか騙された」って気持ちでしたが、合格者はは30代ばっかで、丸八真綿=訪販っていうのは当然知っている雰囲気でうろたえているのは私だけでした。訪販=詐欺みたいな思いはありましたが、無職生活から抜け出したい気持ちと、最低でも30万貰えることがすごく魅力的で辞退せずに研修に行くことになりました。





丸八真綿の研修




丸八真綿で働くには2週間の研修をクリアしないいけないらしく、静岡県の三ケ日にある研修センターに行きました。



実は22歳にして初めて新幹線に乗りました。



浜松の駅で全国各地から集まった研修生がバスのに乗って、まずは健康診断に行ってから研修センターに行きます。



研修センターに着いた初日はプールで遊びました。



研修なのに何故、プールで遊ぶのか?



後々に教官から聞かされたのですが、刺青がないかチェックするために初日はプールで遊ばすのです。






地獄の研修開始




初日と打って変わって、2日目からは地獄でした。碌に社会人経験もなく、給与30万に釣られて軽い気持ちで入社しただけだったので軍隊式の研修にはついていけなかった。



研修が嫌で脱落していく人もいて私も一緒に脱落して帰りたかったです。朝っぱらから大声で叫んだりランニングしたりすることと、教官が偉そうなのは最後まで慣れませんでしたが、不思議なことに最後まで居てしまった。




元丸八真綿の営業マンが研修センターの教官をしているのですが、こいつらが本当に偉そうに振るまっている。研修でふるい落とすのが目的なので厳しいのは承知しているが、めちゃくちゃ偉そうに振る舞うのです。




教官は契約がとれないダメ社員。ぶちゃけバリバリ営業できるのなら営業の前線で働きます。20代〜40代で赤字社員で丸八真綿にしがみつき、教官として雇ってもらっているだけ。研修後に現場に配置された時に「○○教官怖かったです」と店長に言ったら「あいつ、糞やからな」と笑って言ってました。



店長曰く、その教官は1カ月契約がとれず、毎日殴られていても辞めなっったらしいです。その話を聞いてただの赤字社員かって思ったのではなく、契約が取れないと殴られることを知ってしまった・・・・・




2週間の研修を終えて、現場デビューします。




訪問販売デビュー



朝は7時半に支店に集まり、営業する現場まではハイエースで向かいます。5人一組での営業活動。店長がハイエースで待って、4人がアポイントを取りにいきます。



最初はピンポン押すのがすごく怖かったですが、一回押すと慣れるもので私は初日に契約が取れてしまいました。



その後も22歳という若さもあったのか、訪問する家でコーヒーやケーキを出してもらったりしてお客さんに可愛がってもらいました。




ちなみに1ヶ月目の売り上げは120万ぐらい、給料は総支給で38万、手取りが32万でした。




しかし、1カ月と10日で丸八真綿を辞めます。




理不尽なシステム



初月で100万以上の売り上げ、驚異の新人として名前は売れましたが、丸八真綿の理不尽なシステムが納得いかなかった。



1件のアポイント取るために約100軒の住宅を回ります。アポイントが取れるとハイエースで待つ店長に報告。店長がアポイント取れた自宅まで行って契約すると、アポインターには33%、店長には67%の割合で売り上げを分けます。



必死で駆けずりまわって、7割近くの売り上げを持って行かれ、自分には3割ちょっとしか売り上げとしてつかない。




ネズミ講と一緒です。店長が親ネズミで私を含む4人が子ネズミみたいなものです。このシステムがアホらしく辞めました。



後は、嫌がらせです。



店長除けば、アポインター4人の中で私が一番売り上げました。私以外の3人は箸にも棒にもかからない糞でしたから売れている私が気に食わなかったんでしょう。



2か月目に陰険な嫌がらせが始まって10日で心が折れてしまいました。




店長からは売り上げ折半でもいい、陰険な嫌がらせは辞めさすから続けてくれと頼まれましたが、一度心が折れると無理というか、訪販自体が嫌だったので、逆に辞める理由をこじつけれて良かった気持でいっぱいでした。





丸八真綿で働いて




給与30万に目が眩んで流されて働きましたが、やはりやりたくない仕事はやめたほうがいいです。丸八真綿で働いている時は訪問販売しているって恥ずかしくて友達に言えませんでした。




契約が取れない先輩は蹴られてましたんで、ブラック丸出しです。



私は一発も殴られなかったし、怒声を浴びることもなかったので、ラッキーでした



訪販で一攫千金を狙われる方がいたなら怒声は日常茶飯事。殴られてることを覚悟で挑戦して欲しいです。






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posted by トモ at 02:00| Comment(10) | TrackBack(0) | 昔話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする