2014年07月20日

母は強し

コメントにも書きましたが、休みの日は障がい者の方が働く作業所にボランティアに行ってます。



ボランティアに行く理由は、息子の障がいを深く知りたい、息子の将来の為、同じ障がいを持つ人と関わりたいから。



作業所に行くことでいろんなことが知れます。利用者の親御さんとも会うので、色んな事を相談させてもらっています。



親御さんからは「熱心ですね」と声をかけられることが多くて、職員さんが言うには子供に障がいがあって離婚するケースが多いらしい。



離婚した場合は大抵は女性が育てるそう・・・



母は強しですね。



みんな生き生きしている。利用者も親御さんも明るい。



私みたいにネガティブな考えではない。



一度、息子を作業所に連れていったことがあります。



息子を見て、利用者が「可愛い」「体型はお父さんとそっくり」と声をかけてくれるのですが、初めて障がい者の方を見て怯えてしまい私にしがみついてました。



自閉症の息子には刺激が強すぎたのかも・・・・



息子には色んな経験をさせてあげたい。



色んな人が生活していることを知ってほしいと思う。




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posted by トモ at 21:42| Comment(4) | TrackBack(0) | 息子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月16日

「普通」ってなんだろう



息子は月に一度、大きな病院に定期受診に行きます。今日が定期受診の日で妊娠中の妻の代りに付き添いました。


小児科は4部屋あり、一番端の部屋が発達障がい児の専門の医師がいる部屋。


風邪などで病院に来ている子供達は親と談笑している。そんな風景を見て、一番端の部屋に向かった。


一番端の部屋の前で待つ。隣の3部屋と比べて静かに感じる。


待っている時に息子はジッとしてられなくて走り出す。


その度に追いかけて連れ戻す。


そんなことを3回した時に前に座ってた女性に声を掛けられた。


女性   「元気でいいですね」


私     「落ち着きなくて、大変ですよ」


女性    「男の子だから元気でいいじゃないですか。私は羨ましいです。この子が走ってくれたら嬉しいから」



その女性はバギーに乗っている男の子を見つめた。


私は何も言えず、黙りこんだ。


その後も女性は息子さんのことを話し始めた。病名までは聞きませんでしたが、息子さんは6歳になるが歩けなくて、医師から二十歳まで生きれるか解らないと宣告されていると。


息子が自閉症と診断されてた時に頭を殴られた気分になった。保育園で、ちょっとしたトラブルがあった時は、なんで障がいがあるんだろう。なんで息子は普通じゃないんだろうと自問自答したこともあった。


その親子を見てなんて自分は小さな人間なんだと感じた。


二十歳まで生きれるか解らないと宣告された息子さんはそんな風には見えないような笑顔で、女性もすごく明るかったから




私は人一倍臆病で失敗を恐れる人間です。そしてできるだけ人前で恥をかきたくない性格。


話は遡りますが、高校3年生の時にある競技の国体の強化メンバーに選ばれたことがあります。


強化メンバーに選ばれた面子を見ると、自分の敵わない人ばかり。


私は国体強化メンバーを辞退した。行ってもコテンパにやられるだけだし、恥をかきたくない理由で。


国体の強化メンバーに選ばれたと言えば、聞こえはいい話ですが、本音を話せば、自分の実力は自分が良く知っている。


人より優ってたのはその競技を幼稚園の年長からやっていただけ。


野球でもサッカーでも幼稚園から始めるのと、中学生から始めるのとでは全く違う。


小さい時から始める方が有利。


中学2年生の時は、同い年に負ける気しないと思ってた。中3で全国大会に出場して1回戦で負けたけど、優勝した奴を見てもコイツには敵わないとは思わなかった。


しかし、中学3年の夏に部活を引退して、遊び呆けたツケが高校入学して一気に来た。


全国のつわもの達は引退しても練習に励んでいたから。


7ヶ月のブランクは想像以上に大きく、中学時代に勝ってた奴に練習試合でコテンパにされる。


「〇〇中学のトモってあんな弱かったっけ?」と言われたこともあった。


その時、悟った。中学時代に私が優っていたのは小さい時から習っていたからだと。負けん気が強い人ならそこで「なにくそ」と思って練習するだろうけど、私は辛い練習から逃げて強くなることを放棄した。


できるだけ人前で恥をかきたくない気持ちが強いから保育園で運動会の練習が始まった時に先生に「リレーはでなくてもいいので」と伝えてしまった


勝負事だし、保育園で周りに多少なりとも迷惑をかけてるんで、みんなの足を引っ張らしたくないと考えたから。


先生は「息子君の経験にもなるし」と言ってましたが、心の中で「人前で恥をかく経験なんて経験せんほーがええわ」と思ってたくらい。



この1年、前施設でフロアリーダーに昇格して、異動で主任、施設長代理と昇進しました。


自分は仕事ができる人間と錯覚することはなかったと言えば嘘になりますが、人生の中でこんなにうまく物事が進むのは初めてで、かなり戸惑っているのです。



独身の頃は、自分なんて結婚できないんだろうと思ってた。


20代なのに生きていても辛いことの方が多くて、楽しいことなんて辛いことに比べて1/10ぐらいしかなかったから。


息子が妻のお腹にいる時は、父親になれるのか不安でしかたなかった。


でも、今月で5歳になった息子を見て、「俺みたいなんでも5年も父親してるんだな」と・・・・・・・・



あー。また悪い癖が出た。


1週間ぶりの更新なので文章校正も考えずに調子乗って書きすぎた。


本当は病院の話で終わらす予定だったんですけどね。


書いているうちに高校時代に話が脱線して、何が言いたいか解らない文章になってしまいました。


うまくまとめれませんが、「普通」って何?ってことを伝えたかったですよ。


最近、息子に対しての心ないコメントが多いんです。


承認制にしてるんで、心ないコメントは速攻で削除しているんですが、やっぱり人一倍臆病なんで、へこむこともあるんです。


こんな風に書いたらまた書かれるんだろうな・・・・・



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posted by トモ at 00:15| Comment(12) | TrackBack(0) | 息子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月08日

上昇志向

課長に飲みに連れて行ってもらいました。クラブやキャバクラといった場所には無縁の私。


生まれて初めて連れて行ってもらい、「はしご」と呼ばれるものも体験しました。


課長は41歳。課長クラスでこんな高い店で飲めるのか疑問でしたが、給料を聞いてびっくりしました。


うちの会社の役職は、平社員 ⇒ フロアリーダー ⇒ 主任 ⇒ 施設長 ⇒ 課長 ⇒ 部長 ⇒ 役員という感じで昇進しますが、


給与の額に関しては課長>>>>>>>>>超えられない壁>>>>>>施設長という感じです。


私の本音を話すと、課長になれれば万々歳です。介護業界に転職してそんだけ貰えたら文句は言わないと思います。


飲んでいる最中に課長が、これから施設が増えていけば、課長や課長補佐といったポジションが新しくできると言ってました。


他の有料に転職して、一からヘルパーとして働こうかなと思ってた矢先に課長から話を聞いたので、ヤル気がでました。


もしかすると課長は、私のヤル気を見越して飲みに誘ったのかもしれませんが。


お金が全てではないですが、家族が増えるので、稼がないといけないと思うこともあるのも事実。


私としては、40歳でデイサービス、訪問介護をしたいと考えており色んな事業所で働いて学ぶことを最優先に考えていたが、家族を養うことを考えると自分のやりたいようにやるだけじゃダメなのかと考えることもある。


運が良くて、たかだか施設長代理になったぐらいで喜んでいたら駄目なんですよ。


もっと、上を目指さないと。




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posted by トモ at 14:03| Comment(8) | TrackBack(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする